子どもに苦手という意識を植え付ける、その犯人は私かも…な話

学生の頃に苦手だった科目ありますか?

私は英語が苦手でした。

単語を覚えられなーい、から始まり
文法は頭に入らず
通知表ではどの教科よりも悪い評価

そんな私が
英語を話せると出会いが広がるはずだ
そう思える出来事があって
英語を話せるようになりたいと思い始めました。

ただ、私は本(教科書)と向き合っても
きっといつまでたっても習得できない

それならば、
英語を話すしかない状態
にした方が習得しやすいはず

じゃ、そんな状況に身を置こう=留学
そう思ったんですよね。

その思いつきが結果的に良かったのか

自分の興味のあることに
つなげられたことで
苦手意識のあったことを
自然と克服していました。

あ〜良かったね!
めでたし、めでたし
で終わる話じゃなくて…

この苦手意識は
どこからくるんだろうか
と考えてみたら

私の場合は
テストの悪い点数や
通知表の評価などの
比較しやすいことはもちろん

授業が全くついていけず
英語の時間がつまらなかった

という経験からなんですよね。

そんなふうに思うからなのか

最初のつまずきである
ちょっとわからないを
うやむやにしたくないって
思うところがあるんです。

だから
娘たちのテストは点数よりも
理解できているかが
とても気になるんです。

次女が小1になり
持ち帰るテストの結果から
どうやら算数の理解が
できていないらしいことに気がつき
(先生からもご指摘あり)

さぁ、どうにかしなくちゃ!
のスイッチが入っちゃったのね。

どこがどうわからないのか
そこを探ることより先に
解決策のお試しに走った私。
(とりあえず、何かしらやらなくちゃと思ったんだよね)

計算ドリルを買い与え
計算できないところがあると
言葉で説明の嵐。
(しかも、簡単だけどなぜできないんだーと心で思いつつ)

それを繰り返していると娘から
できないからヤダ、やらない
なんて発言が出てくるように。

えー、やらないとできないよ!
とばかりに、ますます熱を込め
やることの大切さをコンコンと説明

ますます消極的な態度になる娘…

こんな悪循環を経てようやく

これじゃまるで
あなたはできないんだから!

ってダメレッテルを貼っているのと
同じことだなと気がつきました。

算数を彼女の理解しやすいように
教えて楽しませるどころか
算数って面白くもないんだよ
苦手意識を植え付けている
そんなことをしている
自分に気がついたんです。

ドリルが悪いとか
そんなことじゃなくて

どんな方法を試すにしても

これだったら理解できるだろう
という私の一方的なやり方で教えて
なんで理解できないの!
とイライラしていたら

なるほどね!も
そうなんだ!も
得ることもできず

ただやりなさい、なんて
そんなの無理だわ、無理!

算数はつまらないものだよって
教えてるだけだよね。

それに気がついてから

本人が困っているところは
具体的にどんなことか
そこを探りつつ

やり方を教えるにしても
娘が少しでも興味を持つ方法
(お買いものごっこをして、実際のお金を使ってみたり)

私自身もこれできないの?と
イライラしなくても済む方法を
考えることにシフトするようになりました。

この経験から思ったのは

苦手意識を持たせたいと
これっぽっちも思って
なんていないし

どうにかして良い方向にと
思ってやっているのに

苦手意識を植え付けるような
ことをやっている矛盾

なんとなく理解できない
何ができないのかを
具体的に特定もせず

あなたのためだから!と
できるようになるための
策を講じるってことは

親である私自身が
次女は〇〇が苦手と
決めつけているからかも。

それは結果的に
あなたは〇〇が苦手だよ

という意識を植え付けることに
なりかねないということ。

次女の算数も

できていないところ
(理解しにくいところ)は
具体的に〇〇(こんなこと)なんだね。

そこをクリアできるように
理解しやすい(やりやすい)方法を
試してみようよ。

そこがわかると(できると)
楽しくなるかもしれないよ〜

なんて気持ちでサポートできたら
いいだろうなと思うのです。

ほら、人は
苦手と思うようなことも
苦手じゃないように
変えていくこともできるんだからさ!

どうしたらできる?
できることは何だ?
に注目していこうじゃないの。

うん、私も!

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