私の選ぶ暮らし

自分らしく暮らす これが好き これがしたい こんなふうにしたい 自分の気持ちに気づくお手伝い、 いまここをステキに過ごすためにサポートしていきます。

娘の通う小学校で
親対象とした講座
アンガーマネージメント
に参加してきた。

怒りは悪いことと思われがちだけど
感情には善し悪しはないですよ
と共感するフレーズから
スタートした怒りについてを学ぶ時間。

中でも一番興味を持ったのが

怒らせるものの正体は何か

というもの。

人はそれぞれ
「○○であるべきだ」の「べき」を
持っているもの。

自分の「べき」に対して
相手とのギャップが生じた時、
怒りが発生するとのこと。

人によって許容範囲が異なるから
ある人は良しとした事であっても
ある人には許されないことだったりする。

自分はどんな「べき」を持っているのか
相手はどんな「べき」を持っているのか
知っておくといい。

相手と価値観が全く一緒なんて
ことはあり得ないだろうから。
(結婚した当初、○○である「べき」は
みな同じに決まってると考えていた私。
どおりで喧嘩や悩みが尽きなかったはずだわ)

「一般的に」とか「常識でしょ」と
いった言葉の背景には
人と自分の「べき」は同じだと
思っているといったことがある。

そうそう、この「べき」の許容範囲は
人それぞれだということの他に
人や気分に左右されがちであるとのこと。

要するに、余裕のあるときは許せることも
余裕の無いときには許せないってことね。

相手に自分の許容範囲を
理解してもらうには
余裕の有る無しに関わらず
同じように対応すること。

気分によってコロコロ変わってしまうと
結局何が嫌なのかが伝わらず
今日の機嫌の善し悪ししか伝わらないということ。

イライラしたくないから余裕を持とう!
は自分一人でできる対処だけれど、

どうなると嫌なのかを具体的に伝えて
相手と自分の許容範囲を認識したうえで
行動してもらうこともイライラを減らす
手段になるんだね。

自分の「べき」=他人の「べき」
ではないということを忘れずに
こんな考え方もあるんだと
自分自身の許容範囲を広げることも大切とのこと。

この講座は入門編だったのだけれど、
最近の自分が感じた怒りを挙げて
そこに隠れた気持ちや怒りの度合い、
はたまたどう対処するかの対策法まで
掘り下げるワークをしてきた。

今日学んだ考え方が習慣化できたら
さぞかし怒りの感情に振り回されなく
なるんだろうな~。

日常で起こった出来事やら
今の自分が思うこと感じたことを
こうして徒然まとめているブログ


もちろん、何かしらのご縁で
このブログを読んでもらえて
その人の暮らしかたの
ヒントになるようであればいいな
と思っている。

それと同時に

自分のアウトプットだけあって
書いた内容が今の自分に必要なことだったりする。

認識できていない自分の現状に
気づくきっかけになることもある。

昨日のブログがそう。

ここ数日
「やらなくてはならないこと」が
重なっていたところだった。

気持ちって正直なのだなと
つくづく思うのだけれど

不安っていうより
違和感といった感覚を感じて。
(以前に不安をグルグルと
巡っていた時期を経験してから
違和感として受け止めるようになった)

抱えすぎってことに気がついて
なにか方法を考えようって思えた。

よくよく考えたら
モノゴトを「誰かにふる」「頼る」が
できることまで抱えていたみたい。

「頼ること」をしてるつもりでいたけれど
まだまだその余地はあるよ。
ということだった。

昨日のブログ(思考)は
抱え込むクセがある自分への
メッセージだったなぁ
としみじみ思ったのである。

日々わいてくる様々な感情に
つい良い感情、悪い感情などと
評価をつけがち。

嬉しい=良い感情
不安=悪い感情
みたいに。

人は悪いとみなされる感情に
敏感になる。

悪い感情を排除しようと
「そんな考え方するべきではないのに」
「そう考えるのはダメだ」
と自分を責めてしまったり。

そうすると
その感情自体が問題として
扱われるようになる。

同じ体験をしても
嬉しさを感じる人もいれば
悲しみを感じる人だっている。

人それぞれの価値観や
体験したことによっても
モノゴトの捉え方は違うように
感情の捉え方もそれぞれ。

感情って自然とでてくるものだから
無くすことはできないけれど
捉え方は変えられる。

良し悪しのジャッジはせずに
「そう感じているんだな」
と感情を客観視するだけ。

感情は自分を知る手がかりでもあるから。
本当の自分の感情を見逃さないためにも。








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